アート&ケア(背守刺繍)

アート&ケ
(守刺)
アート&ケア(背守刺繍)
アートがケアに繋がるというコンセプトは、英国で様々な調査をする中、その意義が再確認されています。実際に五感を使って生きることをLearning by doing(やりながら学ぶ)としてアメリカのデューイが1世紀前に提案していました。
背守り刺繍が 2010 年代にリバイバルとして脚光を浴び始めたことは、偶然ではなかったように思われます。今世紀に入ってから、世界中で大きく悲惨な出来事が起こり続けています。事故や事件や自然災害、紛争など、何世紀か後の人々は私たちが今生きている時代を何と名付けることでしょうか。近代という時代の前半の輝かしい科学の時代の恩恵を受けながらも、後半の時代はその負の側面が前面に出て、便利を享受しながらも安心・安全とは言えず、ヒトとヒトとが繋がることが難しく、助け合うこともだんだん難しくなっていた時代、子どもや高齢者への愛情の示し方をうまく学ぶことができなかった時代、「祈り」などと非科学的なことを学校や地域で口にしたり実践することがしにくかった時代……。SNSでは罵詈雑言が並び、子どもたちはそれを見てはひるんでしまい、不登校やいじめが横行した時代……私たちが今生きている「現在」の悪口を書こうと思えば、次から次から思いつきます。
しかしながら、私たちは本当のところでは、お互いのことを深く思い、傷つくことを恐れ、傷つけることも恐れ、傷つけあわないように、ヤマアラシのように針を向け合わず距離を置いている。大人も子どもも毎日何かに追われ、成績や業績を気にしながら、忙しい忙しいと口にしながら、あくせくあくせく過ごしているけど、皆が何かが、どこかがおかしいと気付いているように思います。
であるならば、いったい、どんなきっかけがあれば、科学的ではなかったかもしれないけど、江戸時代のようにゆっくり子育てや介護のケアをしながらひと針ひと針に愛情をこめて、大切な我が子や我が親や祖父母のために布仕事をすることができるのでしょうか。かつてのような「温かみを実感できてた」時代を呼び戻すことができるのでしょうか。江戸時代は決して万能の時代ではなかったのですが、おそらく、自然への驚異と畏敬の念のもと、不平ではなく祈りを持ちながら暮らしていたのではないかと想像しています。
AI の進化による仕事の効率化を享受しながら、自分たちのウェルビーイング=幸せとはないかを学ぶことができ、それを言葉だけではなくモノづくりによって伝えることも学ぶことができ、自分たちの身の回りをシンプルに美しく整えていく。自分にイエスが言えて、周りの人たちにもイエスが言えて、何かで成果を測られるのではなく、自分で納得がいく作品を作る・納得がいく生活をしていく・納得がいく人生を送る。そんなことをモノづくりを通して身に着けていけたら、教師たちは生徒の学びを隣で伴走しながら伝えていけたら……そんなことを思いながらこの本を編んでみました。ベタな結論になるのかもしれないのですが、それは何かをしていくことで自分や周りが良くなっていくことを「信じる」力と「祈る」力を持つ、ということになるのではないかと思うのです。そんな「信じること」「祈ること」も一緒に皆さんに届けたいと思います。
新しく生まれてくる命や親や祖父母への恩返しなど、大切な誰かのために愛情や気持ちを言葉だけではなく、形にすることで思いを見える化し、布仕事を通して誰かに伝えていただければと考えています。服を縫ったり、モノを手作りしたりという布仕事をする機会は、既製服を利用することが当たり前になった現代ではほぼ無くなりつつあります。そんな時代に、あえて、布仕事を提案するのは何故だと思いますか?
実は誰かのための布仕事として行われたとき、赤ちゃんや高齢者など「受け手」に安らぎと幸福を手渡し、逆に布仕事をしている「贈り手」である本人も愛情に満ちた安らぎに浸るという、不思議な関係を紡ぎだします。
ケアの対象は、小さな子どもたちやお世話になった親や祖父母だけにとどまらず、身近な大切な人たちすべてを含んでいます。誰かを想うことは、人類だけではなく多くの動物たちも含めて古代から前近代も近代も永く続けてきたことなのだろうと思います。しかしながら我々人類の現代社会は、あまりにも性急に時間が進み、大人も子どももついつい「忙しい」日々を過ごしがちです。そんなに急がないで、自分や周りの人達との暮らしを今よりもっと大切にしていきませんか?という自戒も含めたメッセージも込めて、ページをめくっていただけるよう、わかりやすく解説していきたいと考えています。
『想いを伝える布仕事 ー背守刺繍とユニバーサルファッション』
[著書] 正保正惠・前野いづみ 共著
[出版年] 2024年
[出版社] 大修館書店