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フィンランドの子育て支援


 正保は、2008年1月博士論文
「子育て世帯のワーク・ライフ・バランスと保育施設のあり方に関する研究」を提出しました。

 なかでも、建築学会誌(計画系2008年2月号)に掲載された
「子育て世帯のワーク・ライフ・バランス実現と保育施設のあり方に関する研究 ―保育所保護者の仕事・生活様態の日本・フィンランド比較による施策制度の段階的重点化の考察― 」
(RESEARCH ON THE STATE OF WORK LIFE BALANCE OF THE CHILD-REARING HOUSEHOLD, AND THE CHILDCARE INSTITUTION ―Consideration of the priority method of the measure system by the comparison investigation of a nursery guardian's work / life aspect in Finland and Japan―)
のなかで、“子育て支援の段階的重点化” というテーマについて考察しています。

 フィンランドでは、自治体保育サービスは、保育所と家庭保育 ( 保護者の自宅における保育サービス )から成りますが、80年代初めまでは、自治体保育の収容数が不足していました。
それと、政治的な背景もあり、85年に 「 自宅育児手当に関する法律 」が成立しています。
この法律は、取り立てて男性 ( 父親 )の育児参加を奨励する施策ではなかったため、結果的には乳幼児の傍には母親がいるべきという、ジェンダー規範が助長 ・再生産されやすいものでした。
しかしながら、ここが重要なのですが、76年の父親の育児休暇から9年を経ていたため、この制度は、単なる古き規範への復古ではなく、仕事と子育ての両立からさらに子育てを重視しようとするフィンランドの今日的な規範にも沿う形となったのでした。

 つまり、フィンランドにおいては、76年の父親の育児休暇と、この85年の 「 自宅育児手当に関する法律 」の登場により、ワーク ・ライフ ・バランスの実現が可能になっていったのではないかと思われるのです。
育児のためのお金、保育サービス、子どもと過ごす時間、という多元的な子育て支援が段階的に整い、それぞれの事情に合わせメニューがうまく使いこなされる中で、伝統的な家族からジェンダー規範による家族 ( 核家族で性別役割に基づく家族 )を経て、男女のワーク ・ライフ ・バランスという制度上における達成をなしたのではないか、と考えます。
このようなバランスの中で男女が家庭での子育てをも重視するようになったのではないでしょうか。

 フィンランドの歴史と現在の日 ・芬のワーク ・ライフ ・バランスの ( 現状値の )比較を通して我が国の今後の子育て支援の方策を検討すると、現在、我が国においてメニューが揃えられつつある子育て支援 ( 子ども子育て応援プラン )は、現下ではそれぞれバラバラに目標値を持って展開していますが、フィンランドのように両親のワーク ・ライフ ・バランスと子どもの視点に立ったシステムが実効性を持って実現するまでには、まだ遠い道のりが必要であることがわかりました。
フィンランドが辿ってきた道のりをモデルにして我が国の今後の道筋を示すと、段階的に重点化し以下の三つのステップを踏んで条件を整えていく必要があるように考えられます。

第一条件としては、保育施設の量と質を確保していくことです。
とくに量を充実させることを焦るあまり、従来の設置基準より低い認証制度や無認可の施設の増加には、制度的な支援を増やすことで歯止めをかける必要があります。
保育施設が安心して預けられればこそ、母親たち ・父親たちが仕事を継続していくことが可能になります。
日本人の女性が苦手な、父方、母方双方の祖父母にサポートを求めていくということも長期的にはめざす方向かも知れませんが、現段階では保育所の ( とくに質的な )充実が第一の課題であろうと考えています。
例えば園庭が狭いために散歩に出て交通事故などの被害に遭うリスクを減じる必要があります。
また、徐々に増加しつつあるがランチスペースなどを充実させて生活の見通せる保育内容にしていくことも課題となります。

第二条件としては、国、企業や事業所による両親の働き方の見直しです。
フィンランドのように、育児休業が父親にもとりやすくなり、男女とも職場復帰がしやすい休業が保障されるべきです。
その際、北欧諸国が取り入れたように、父親しか取ることができない 「 父親育児休業制度 」は、母親の育児休業が明けてから保育施設を探したり、再就職先を捜すための切実な期間となることであろうと考えます。

さらに第三条件として、フィンランドで80年代に登場した自宅育児手当です。
この充実は、自宅で育児がしたいという両親が経済的に不安を感じることなく育児できるという意味で画期的でありますが、これはあくまで前の二つの条件を踏まえた上で重点化されるべきであります。


 図示すると、以下の図のようになります。

 

【 図 : 子育て支援の条件の段階的重点化 】
 

以下に子育て支援の条件の段階的重点化の必要性の論拠を3点示します。

@ 我が国の労働環境が制度だけでは変わりにくく、父親の家事 ・育児時間が確保できない現状では、とりあえず母親が労働に参入 ( あるいは継続 )するためには、保育所の量的 ・質的充実が欠かせません。
頼れる保育所があって初めて母親は労働参入 (継続)が可能となるのです。
頼れる保育所が確保できない母親は、就労 (の継続)を諦めていると考えられます。
あるいは、就労のために子どもを産むことを諦めています。
A 頼れる保育所の見通しが持てた場合は ( あるいはサポートが得られる場合は )、育児休業を取得して就労を続ける人が増加しますが、父親の ( 義務的 )育児休業が定着しない限り、仕事に戻った母親は仕事と家事 ・育児の二重負担に苦しむことになります。
また、父親の育児する権利も結果的には奪われていることとなります。
性別役割分業を制度的に見直すことができない限り、保育所だけでは二人目三人目を産み育てることは困難なのです。
B はじめの2つの条件が整わないうちに自宅育児手当が充実していくと、現在の我が国の性別役割分業は解消されず、母親だけが家庭での保育を担う方向が助長され、幻滅した若者たちが結婚や出産を控える傾向を脱することができません。

 フィンランドの経験は、意図的に計画されてそれぞれの政策が講じられたというより、それぞれのニーズを議論しながら時間をかけて進められたため、結果的にうまく男女双方のワーク ・ライフ ・バランスと子どもの視点に立った子育て支援が実現した、と見ることが正しいように思われます。

 ただ、調査で見る限り相当遅れたワーク ・ライフ ・バランス後発国の我が国の子育て支援においては、これからフィンランドがかけてきたような時間を費やしていくことよりも、先進国から学べることを計画的に進めることが重要なのではないでしょうか。
つまり基本である保育施設の充実が果たされ、父親の家事育児参加が果たされたうえで望むならば母親も父親もその後の労働を保障されつつ家事 ・育児を楽しむことができるようなステップを計画的に踏んでいく必要がある、というのが本論文での主張です。



2008.3. in Finland


 
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